活動レポート 藻川・猪名川の周辺地域には、旧村名や旧河道、旧街道など、過去の地形や土地利用の名残が現在の街並みの中に多く残されています。昭和30年代以降の河道改修によって河道は大きく変わりましたが、墓地や公園、道路、橋の配置などから、かつての川の流れを読み取ることができます。
こうした痕跡をたどりながら、原口レンジャーが防災や歴史について解説する「猪名川・藻川の防災歴史散策会」を開催しました。参加した方々からは、「猪名川を知れてよかった」「ふだんよく通る道に歴史があることがわかり、興味深かった」「土地を読み解きながら歩くのはとても楽しい」等の感想をいただきました。
(※前回は令和7年3月1日に散策会を開催しています。活動レポートvol.160参照)
【河川改修と旧河道の痕跡】
猪名川では昭和30~40年代に、利倉捷水路工事や戸ノ内捷水路工事による河道の付け替え、藻川下流部の河道改修などが実施されています。これらの治水工事の歴史に興味を持っていただけるよう、河川改修以前の流路の手がかりとなる周辺地形を紹介しました。藻川の旧河道の形状が残る法界寺墓地や額田公園、尼崎市と豊中市の境を流れる旧猪名川沿いなどを歩きながら、旧河道や昔の橋の位置、捷水路工事が必要とされた理由等をご説明しました。
【地域に残る地名の歴史】
阪急園田駅周辺は、かつて旧法界寺村にあたり、明治22年(1889年)の合併により園田村に編入されました。地名の由来となった法界教寺は現存しませんが、その名は法界寺墓地などに残されています。また、戸ノ内地区は「殿の内」と呼ばれた時期があり、現在も公園名などにその名残があります。このように、昔の地名や歴史を知ることができる場所が地域に残されていることを紹介しました。
【旧街道・橋と地域のつながり】
藻川下流部付近には、有馬温泉へ向かう有馬街道(有馬道)が通っており、藻川には園田橋、善法寺橋、東園田橋などの橋が架けられてきました。戸ノ内捷水路工事以前は橋の位置も現在とは異なり、旧高田村や旧戸ノ内村を結ぶ交通の要所でした。
また、旧猪名川左岸には椋橋神社があり、豊中市側と尼崎市側にまたがる荘園が広がっていたことから、河川改修後も地域間の結びつきが続いていたこと等もご紹介しました。